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伊丹十三の謎の死  陰に誰もが知るあの組織・・・



オールド映画好きなら誰もが知ってる「マルサの女」や「ミンボーの女」などのヒットを次々と世に排出した人気映画監督をご存じだろうか?

その名は

「伊丹十三」(いたみじゅうぞう)

監督業の前は俳優をしていた。そのマルチな才能は業界からも多くの喝さいをあびた。

また、映画を作るときの道具や、風景にも一切の妥協は許さず、常に作品へこだわり続けた人物だった。

90年代前半。当時の映画界ではいわゆる「ヤクザ映画」ではヤクザを悪く表現することがなかった時代で、

「マルサの女」で市民が一丸となればヤクザも引き下がるという表現を初めて作った。

それにより、「マルサの女」公開の一週間後に自宅近くで待ち伏せしていた

山口組系後藤組の組員5名により襲撃を受け、顔や両腕などに全治三ヶ月の重傷を負うが、
伊丹は「私はくじけない。映画で自由をつらぬく。」と話した。

病院に搬送された際も取材陣から「大丈夫ですか!?」と声をかけられて、声こそ出なかったもののピースサインで応えた。

突然の死

それから5年後の1997年12月20日、伊丹は伊丹プロダクションのある東京麻布のマンションの下で遺体となって発見された。

あまりにも突然の死に当初から、死亡の経緯について様々な説が飛び交った。

当初から後藤組の襲撃事件があった経緯から、暴力団の関与を疑う声はあった。
ただ、事務所にワープロ印字の遺書が残されていて、そこには

「身をもって潔白を証明します。何もなかったというのはこれ以外の方法では立証できないのです」

との文言があったことから、写真週刊誌『フラッシュ』によりSMクラブ通いや不倫疑惑が取り沙汰されたことに対する抗議の投身自殺か?、
とも推測されるようになった。

だが、伊丹はレタリングデザイナーとして日本有数と自負する存在であり、書き文字には人一倍の愛着とこだわりを持っていたことから、遺書が手書きでなくワープロで打たれていた点が不自然とされた。

また、死の直前、FLASHの記者から不倫疑惑について問われた際、伊丹は笑いながら

「妻に聞いてみればいいよ、いつものことだから」

と軽口で答え、その様子がFLASH誌面に掲載されている。

また死の5日前まで医療廃棄物問題の取材も続けていた。
「飛び降り自殺」はその直後のことであり、自殺直前の様子との不自然さから、その「自殺」には強い疑惑が持たれ続けている。

ジェイク・エーデルスタインの著書によれば、伊丹は当時「後藤組」と「〇価学会」の関係を題材にした映画の企画を進めており、後藤組組長の後藤忠政がそれを快く思わず、後藤配下の5人が伊丹の体をつかんで銃を突きつけ屋上から飛び降りさせたと、自身が取材した人物が語ったという。

また大島渚や立川談志など古くから伊丹十三を知る人物も、警察が死因を「自殺」と断定した後も

「不倫報道ぐらいのことで、あいつは自殺しない。飛び降り自殺は絶対に選ばない」

と話し自殺を否定した。

2005年1月、ネットの掲示板で、伊丹の死が〇価学会によるものという風評が掲載された。
〇価学会は事実無根として掲示板の管理者に対し訴訟を起こした。

2009年2月、東京地裁は原告〇価学会の主張を認め、被告に80万円の損害賠償を命じた。

しかし、未だに〇価学会が何らかの形で関与していただろうとの憶測は後をたたない。

なにせ自殺現場を検証した警官は「〇価学会員」だったというのだから。。。

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