Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

どこへ消えた!? マレーシア航空370便墜落事故

消息不明

370便の飛行経路
マレーシア航空370便(中国南方航空とのコードシェア便(748便)は、2014年3月8日午前0時41分(現地時間)、12人の乗員を含む239人を乗せてクアラルンプール国際空港を出発した。370便は同日午前6時30分に北京首都国際空港に着陸予定であった。

370便は離陸の約50分後、ベトナム南部の海岸近くの海上を航行中の午前1時30分にクアラルンプールの西南西約15kmにあるスルタン・アブドゥル・アジズ・シャー空港(スバン空港)の管制当局との正常交信終了後、次の予定飛行空域を担う管制当局とは交信を開始せず、以後口頭無線通信に依る管制当局との交信を絶った。救難信号などは出されていなかった。また、このフライトのフライトレーダーを見ると南に向かっているのが確認された。マレーシア空軍は軍事レーダーなどから、消息を絶つ直前に、出発地のクアラルンプールに引き返そうとした可能性があるとしている。その後、タイランド湾のトーチュー島(英語版)付近に墜落したとされていたが、マレーシアのヒシャムディン・フセイン運輸大臣代理により否定された。その後、3月11日に、マレーシア空軍幹部がCNNの取材に対し、同機はベトナム沖上空でATCトランスポンダが自動応答を返さなくなった後、目的地の北京とは逆方向へ引き返したとみられ、同空軍は出発地クアラルンプールの北西、マラッカ海峡の上空で機体を見失ったと語った。

捜索
遭難機は離陸約50分後にレーダーから消失したが、ベトナム人民空軍の捜索によってレーダー消失地点であるトーチュー島の南約140kmの海面に油膜の帯と煙が確認され、翌日には同機の緊急脱出用ドアと思われる物体が浮いているのを発見したと同国政府関係者が伝えた。しかし、ボーイング777型機には緊急脱出専用のドアは無い上に、漂流物発見の翌日にベトナム当局は漂流物も油膜も事故とは無関係との見方を示している。

3月20日、オーストラリア海洋安全局(英語版) (AMSA) は、衛星画像の解析から、オーストラリア西部の都市パースの南西沖約2,500kmの地点で、同機と関係がある可能性のある大小2つの物体を見つけたと発表した。大きいほうは24mぐらい、小さいほうは5mぐらいの大きさだという。また3月22日には、新華社通信が、それら2つの物体からさらに120km離れた地点で、長さ約22m、幅約13mの浮遊物を発見したと報じた。しかしこれらが当該機の残骸であるとの確認は取れないままであった。なおマレーシア航空は事故後の3月14日より、同区間を飛行する便名をMH370/MH371からMH318/319に変更し、MH370を欠番とした。

墜落認定

370便の飛行経路および探索領域と発見された破片の位置

レユニオン島で見つかった翼のフラップより墜落場所を仮定

インド洋での海流
3月24日、マレーシアのナジブ・ラザク首相は、イギリスの衛星通信会社インマルサットとイギリスの航空事故調査局 (AAIB) による衛星情報の新たな解析の結果、同機がインド洋南部に墜落したと見られると発表した。生存者はいないとしている。このマレーシアの説明に不満を持った中国人の乗客の親族らが、北京市のマレーシア大使館の前でデモを行った。マレーシア政府は2015年1月に、機体がその残骸さえ見つかっていないことなどから乗員・乗客は全員死亡したと推定した。

残骸発見
2015年7月29日、フランス領レユニオンにて、航空機の残骸と思われる部品、スーツケースが発見された。フランス、トゥールーズに運ばれて詳細に調査されたところ、ボーイング777の部品であることが判明した。その後、8月6日にナジブ首相が記者会見を行い、「レユニオン島で発見された航空機の機体について、370便の機体の一部であることを確認した」と発表した。発見された機体の一部は「フラッペロン」であった。

2016年3月21日にも南アフリカで、搭載されていたエンジン「ロールス・ロイス トレント892」の一部と見られるエンブレム入りの破片が見つかっている。

この他、370便のと思われる残骸が、レユニオン島だけでなく、モザンビーク、モーリシャス、マダガスカルなどで見つかっている。この内、マダガスカルには乗客の所持品と思われる手荷物が2016年6月頃に海岸へと漂着していた。そして、同年9月13日までに、マダガスカル南東部のサントルース近郊で、370便の機体の一部と思われる残骸が焼け焦げた状態で漂着しているのが発見された。そのため、370便の機内で火災が発生した可能性が浮上している。

公的機関の捜索中止とその後
2017年1月、マレーシア及び協力国による捜索は、フライトレコーダーなどを含む機体の残骸の大部分を発見できないまま中止された。捜索は、12万平方キロメートルに及ぶ海底調査も行われたが空振りとなった。その後、マレーシア政府は民間の海底調査会社、オーシャン・インフィニティとの間で機体の残骸の捜索を依頼している。

原因
2018年1月現在、上記のように、機体の一部が失踪後1年半ほど経過して発見されてはいるが、ブラックボックスの発見には至っておらず、同機が墜落した原因は不明である。また、乗客と乗員の遺体も発見されていない。

ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、2014年3月13日に、アメリカの捜索担当者の話として、同機が「ピン (ping)」と呼ばれる位置、速度、高度の情報を発していて、その電波を通信衛星が受信していたと報じた。その情報は、同機がレーダーから消えた地点から、少なくとも4時間飛行していたことを示しているという。また最後の高度は通常の飛行高度であり、そこで通信が途絶した理由は不明だが、機内の誰かが故意に発信装置をオフにした可能性があるという。この報道に関してマレーシアの当局者は「データを受け取っていない」としつつも、あらゆる可能性が残っていると語った。

またABCニュースは、同機が地上に送信している2つのシステムのうち、ACARS(英語版)(エーカーズ、必要な運航情報をARINC(英語版)(エアリンク)の通信網を介して航空機側から地上へ、または地上から航空機側へ自動的に提供するシステム)が途切れたのが1時7分、ATCトランスポンダが切れたのが1時21分であり、時間差があることから、機体が破壊されて一瞬にして通信が途絶したのではなく、人為的な操作で通信が切断されたという見方があると伝えた。

3月15日、マレーシアのナジブ首相は会見を開き、「何者かが同機から送信される通信を切断して進路変更をした可能性が高い」と発表した。「ハイジャックされた可能性もある」という。この会見で、通信衛星が最後に受信した時刻が、離陸の7時間半後の8日午前8時11分であることが明らかにされ、またマレーシア軍のレーダーが捉えた西へ向かう物体を同機と断定した。これらの情報に基づき、同機が向かった先はカザフスタンとトルクメニスタンの国境からタイ北部にかけての地域、あるいはインドネシアからインド洋南部の海域になるという見方を示した[33]。旅客機の新たな飛行先が判明したことで、南シナ海での捜索は打ち切られ、当局は捜索体制を立て直すことになった。

3月16日、マレーシア運輸省は、警察が機長と副操縦士の自宅を捜索したと発表した。機長の自宅にあったフライトシミュレーターも調べたという。警察は通常の手続きの一環だとしている。また同日の会見で運輸相代理は、パイロットと管制との最後の交信はエーカーズが切られた後で、その交信では異常を伝えていなかったことから、パイロット自身がエーカーズを切った可能性があるとして調べていると語った。また空軍幹部によると、同機は高度を大きく変化させながら飛行しており、捜査担当者は操縦に熟達していないと不可能だと話した。警察によると、運航乗務員以外の乗員や、乗客227人の中に航空機の操縦技術を持つ人物は見つかっていない。機長はマレーシアの野党人民正義党党首アンワル・イブラヒムの熱烈な支持者であり、個人的な面識もあったという。事件の前日にアンワルが同性愛容疑で有罪となったことに対し、機長が乗客を巻き込んで抗議するために自殺したという見方が報じられている。アンワルはインタビューで、野党やアンワルが事件に間接的にでも関与しているという疑惑をもたせる報道を批判している。

3月17日、マレーシア航空の関係者は、同機の操縦席から1時19分に「了解、おやすみ (All right, good night)」という最後の交信をしたのが副操縦士であったことを明らかにした。またエーカーズの発信は30分間隔で、1時7分を最後に、次の1時37分の発信が無かったのであり、1時7分から1時37分の間のいつの時点でエーカーズが停止したのかは不明だと述べた。

3月24日、CNNはエーカーズが最後に発信した1時7分のデータでは目的地が北京に設定されていたと報じた。西に方向転換するようにシステムに入力されたのはその後ということになり、1時19分の「了解、おやすみ」の交信よりも後だった可能性が生じる。その場合、操縦士らにより計画的に針路変更されたのではなく、機体に何らかの重大な故障が生じた可能性が高くなる。針路変更後に大きく高度を下げたという情報を合わせると、同機は突然の故障により、緊急着陸するために引き返したという説が有力になるという。

4月1日、マレーシア当局は、操縦室からの最後の交信が「了解、おやすみ」ではなく「おやすみ、マレーシア370」(Good night, Malaysian three seven zero) だったと訂正した。「了解、おやすみ」に比べ、より正式な、標準的な表現になるという。また誰がこの交信を行ったのかは調査中とし、副操縦士が交信したとした以前の発表を訂正した。

2018年5月、カナダで航空事故調査官をしていたラリー・バンスや、同型機の操縦士で指導員を務めた経験もあるサイモン・ハーディは、「機は機長自身によってハイジャックされレーダー捕捉を回避し海上に着水、その後沈められた大量殺人」とする新説を唱えた。

公式発表に対する疑問
この事件ではマレーシア政府の公式見解の発表の遅れ、南シナ海での目撃情報、また状況説明が二転三転する一方で別ソースからも操縦士の過去の問題がリークされるなど情報が錯綜、陰謀論を始め様々な憶測が飛び交っている。

乗客・乗員

乗客・乗員の無事を祈るメッセージカード
事故機には乗員12人と幼児5人を含む乗客227人が乗っていた。機長は1981年に入社した飛行時間18,365時間の53歳。副操縦士は2007年からマレーシア航空で勤務する飛行時間2,763時間の27歳で、ともにマレーシア人。客室乗務員もその全員がマレーシア人だった。

マレーシア航空は乗客の国籍について発表したが、その中に含まれていたイタリア人1人は1年前に、オーストリア人1人は2年前に、それぞれタイで旅券(パスポート)を盗まれており、この2人分については別人が搭乗していたことが分かった。

タイ国家警察庁と国際刑事警察機構 (ICPO) はこの2人について、監視カメラの映像などから人物を特定し、オーストリアの旅券を使用したのは、母親の住むドイツに移住する予定だった19歳の男性、イタリアの旅券を使用したのは29歳の男性で、ともにイラン人だったことを明らかにした。この2人分の航空券は、タイの旅行代理店に2人とは別の「アリ」と名乗るイラン人男性が「最も安くヨーロッパに行ける航空券」を電話で予約したものだった。予約した男性は旅券偽造組織の人物とみられる。この男性は3年ほど前からこの代理店を利用していた。また、航空券は予約した男性の友人を名乗る別のイラン人男性が受け取っていた。当初は、北京で乗り継ぐアムステルダム行き航空券も購入していたことから、麻薬密売組織や人身売買組織が疑われていた。また、マレーシアのヒシャムディン・フセイン運輸大臣代理は、他にも2人がヨーロッパの国の不正旅券で搭乗した疑いがあると発表した。さらに、乗客名簿に載っていた中国人男性1人の旅券番号は実際には一度も出国履歴が無く、本人も出国していなかった。この他、5人が直前に搭乗を取りやめていた。この5人の荷物は、クアラルンプールで取り出されていた。

事故機 (9M-MRO) のコックピット
(2004年撮影)
事故機はボーイング777-2H6ER(製造番号28420、機体記号9M-MRO)で、2002年5月14日に初飛行、2002年5月31日からマレーシア航空が運用していた。エンジンはロールス・ロイス トレント892で、航空会社によると総飛行時間は20,243時間で、離着陸は3,023サイクルだった。しかし、航空会社の広報担当者は、総飛行時間は53,400時間以上で7,525サイクルをこなしていたと述べている。事故機は2014年2月に保守点検を受けていた。

事故機の9M-MROがこれまでに重大事故に遭遇した経歴はないものの、2012年8月9日、上海浦東国際空港でタキシング中に、中国東方航空のエアバスA340-600の機体後部と自機の翼端を接触させ、ウィングレットを破損する事故を起こしている。

マレーシア航空は、アジアでは最も安全な航空会社の1つという評価を受けていた。ボーイング777は1995年6月の商業飛行以来、重大事故は2件しか起こっていなかった。一つ目の事故であるブリティッシュ・エアウェイズ38便事故は、着陸進入中に燃料が凍結しエンジンが停止、滑空状態のまま滑走路直前に墜落した事故である。二度目の事故であり、初の死亡事故でもあるアシアナ航空214便着陸失敗事故は、サンフランシスコ国際空港の滑走路28Lへの着陸に失敗、機体が大破・炎上し乗客3人が死亡、181人が負傷した事故である。また駐機中の炎上事故や飛行中の撃墜事件を含めると、ボーイング777での全損事故は4件となる。

各国の対応
マレーシア
航空機の所属先であり、また出発地でもあり多くの乗客、乗員が搭乗していたマレーシア政府は8機の固定翼機、6機のヘリコプター、6隻のマレーシア海軍艦および3隻のマレーシア海上法令執行庁(英語版)所属船舶を捜索救難のために南シナ海へ派遣した。マレーシア航空は「GoTeam」と呼ばれるケアを担当するチームを旅客の家族の元に派遣した。また、マレーシア政府は国家調整センターを国家災害調整評議会 (NDCC) 内に設置し、事態の把握に努めた。

3月8日、ナジブ・ラザク首相は中国に対して事故について謝罪した。

3月9日、ヒシャムディン・フセイン運輸大臣代理は記者会見にてレスキューチームが捜索海域に展開したと発表した。

マレーシア当局による発表は矛盾点が多く、対応の遅さ、情報の欠如も目立ち、大規模な危機的状況において「無能」をさらけ出していると批判されている。マレーシアの対応に、中華人民共和国外交部(外務省に相当)も苦言を呈している。ただ、情報公開の遅れについては、領土問題の絡む南シナ海で起きた事件であるため、一般や隣国に対する公開情報を制限する必要があったと理解を示す立場もある。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする