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眼や耳から血が溢れてくる… 大牟田4人殺害事件



一家全員死刑

次男による獄中手記から

●首を絞めて、息絶えたと思って目を離したら、しばらくして意識がないまま息を吹き返した
●首を絞め直して、「ここまでやれば確実に死んだな」と思える閾値を体得した。
●短銃を出した初対面の相手に「頭を出せ」と言われて、素直に頭を出してそのまま撃たれる被害者。
彼はたまたま居合わせただけの「ターゲットの友人」だった。「いっしょに殺しちまえ!」
●でまた、それが口径が小さい銃だったからか、頭を撃っても、意識を失った肉体はまだ呼吸して生きているときたもんだ!
さらにトドメを刺そうとして心臓に向けて弾を打ち込んでも、まだ生きている!

大牟田4人殺害事件とは、2004年9月に福岡県大牟田市で発生した強盗殺人死体遺棄事件のことです。大牟田4人殺害事件は加害者(北村一家)と被害者(高見一家3人と長男の友人1人)が家族ぐみるの単位だったという珍しい事件な上に、加害者家族4人全員に死刑判決が下るという非常に特異な事件となりました。

発端は金銭に関するトラブルから
大牟田4人殺害事件はそもそも、金銭によるトラブルが発端になったようです。北村一家の母親である北村真美が1998年頃から被害者となる高見小夜子に金を借りており、夫の北村実雄ともどもそれ以外の借金返済や暴力団の上部団体への上納金、生活費にも困るなど、金銭的に困窮していたという背景がありました。

北村一家から見て高見小夜子はお金を持っているように見えたようで、新居の購入資金を必要としていた長男の孝を加えて3人で高見小夜子を殺害し、金を奪う計画を立てました。北村真美は嘘をついて高見小夜子に金を用意させ、夫実雄と長男孝と共謀して計画を実行しようとしました。しかしここで、長男孝は両親たちよりも早く金を手に入れたいとの考えから、次男の孝紘に強盗殺人計画を持ちかけます。

1人目の殺害
大牟田4人殺害事件の1人目の被害者の殺害は9月16日でした。北村家の長男孝は、母親から殺害計画を聞いた9月16日夜に高見家を訪れ、次男高見穣吏さんの首をタオルで絞めた上で金庫から金品を強奪しました。このとき、穣吏さんの体を車に運び込んでいたのですが、首を絞めたもののまだ息があることに気づき、馬沖橋上でロープで首を絞めて絞殺した上でロープにコンクリートブロックの重しをつけて諏訪川に投げこみました。

しかし当時金庫の中には指輪等の貴金属類しかなく、次男孝紘は翌日にそれらの貴金属を質入れして計10万8000円を長男孝に渡し、孝は孝紘に4万円を分配しました。

殺害をためらうも
9月16日に殺害を決意したものの、北村家の母親である真美は高見小夜子の殺害をためらっており、結果的に長男孝に電話して殺害の協力を求めました。孝はすでに高見家の次男を絞殺し金品を強奪してはいたのですが、目当てにしていたあるはずの現金がなかったため了承しています。

9月17日母親に殺害の協力を求められた孝は弟に協力させ、睡眠導入剤を混ぜた弁当を母親に渡し、高見小夜子に食べさせて眠ったところを連れ去ったようです。しかし母親がいなくなった当時北村真美と行動を共にしていたことを高見家の長男龍幸が知っており、北村一家は長男龍幸の殺害を企てます。

9月18日未明、睡眠導入剤の影響で意識がもうろうしている高見小夜子を大牟田港岸壁に連れて行き、停車している車内の中でワイヤーで絞殺しました。

加速する殺人
北村一家は車で移動中、高見家の長男龍幸と、その友人である原純一が乗った軽乗用車と偶然に出くわしています。そのため、一家は長男だけでなく友人までも殺害することを決意してしまいました。北村実雄は携帯していた実包6発入りの拳銃を孝紘に渡し、2人の殺害を指示しています。北村孝と孝紘は、高見家の次男穣吏を一緒に探すよう振る舞い、高見龍幸と原純一を車に同乗させることに成功します。

9月18日午前2時すぎ頃、大牟田市の岸壁付近に停車させ、北村孝紘は金のありかを聞き出すためにまず原純一の頭を撃ちましたが、高見龍幸は現金のありかを知らないと答えたため、彼の頭も撃ちます。それでも2人とも死んでいなかったため、携帯電話で実雄と真美の指示を受け、孝紘はさらに2発ずつ2人を撃って龍幸を失血死させた後、原純一をアイスピックで刺殺しました。大牟田4人殺害事件での被害者は、これで4人となってしまいました。

死体遺棄の場所
9月18日午前3時半頃に、高見小夜子、高見龍幸、原純一の遺体を軽乗用車に乗せ、エンジンをかけたまま運転席外側から操作して諏訪川土手の斜面から川に水没させて遺棄し、証拠隠滅を目論みました。北村一家はこの水没を見届けた後、全員で帰宅しています。

その後、北村一家は奪った高見家の鍵を使って家に侵入、金品を捜索しますが見つからず、やむなく高見小夜子のバッグに入っていた現金約26万円を分配しただけの終わりました。ただこのとき、質入した貴金属のことが気になった孝と孝之は鑑定書も盗み出しています。

大牟田4人殺害事件発覚
9月21日、最初に殺害されてしまった高見穣吏の遺体が発見され、大牟田4人殺害事件の一端が明らかとなり、北村真美と実雄が身柄を拘束されました。翌日真美が逮捕されたことを知った実雄は、かばうために単独犯行と主張した後に自殺しようとします。9月22日午前、出頭した警察署で拳銃自殺を図ります。

更に川の底から車と3人の遺体が発見され、大牟田4人殺害事件の被害者全員が殺害されていたことが明らかになりました。その後北村家次男孝紘が9月23日に、長男孝が10月2日に、自殺を図った実雄が10月8日に、それぞれ大牟田4人殺害事件の死体遺棄、強盗殺人および殺人容疑、銃刀法違反により逮捕されました。

死刑執行について
2011年10月3日、最高裁判所が北村真美と次男孝紘の上告を棄却、死刑が確定しました。
2011年10月17日、最高裁判所において北村実雄と長男孝の上告も棄却され、死刑が確定しました。

現在、この4人はまだ死刑執行はされていません。

大牟田4人殺害事件の関連人物や行動

長男
大牟田4人殺害事件で逮捕された北村一家の長男孝は、11月13日の夕方、福岡地検久留米支部庁舎で取り調べを受けていましたが看守のすきをついて脱走しました。タクシーに乗り、「暴力団から逃げてきた」などの理由をついて逃げましたが、午後9時前に駐車中のタクシーの中で発見され、再び身柄を確保されています。

元力士という経歴
大牟田4人殺害事件で死刑執行が確定している北村一家の長男孝、次男孝紘はともに元力士です。この2人は父親が違いますが、長男孝は中学卒業後の1996年3月、大島部屋に入門していましたが左目の負傷のためわずか半年ほどでやめています。次男孝紘も中学卒業後、松ケ根部屋に入門し2000年5月には三池山のしこ名で初土俵を踏んでいますが、翌年11月に廃業しています。こちらは「筋が悪かったのでやめさせた」と部屋関係者が語っています。

大牟田4人殺害事件のその後

大牟田4人殺害事件では北村一家4人ともに死刑が確定したのですが、そこに至るまでの北村一家の態度は酷いものがあったようです。国選または私選弁護人も次々変わり、引き受けてがなかなか現われなかったといいます。

大牟田4人殺害事件についての裁判中、法廷内でも被告人同士で言い争う、被害者遺族への暴言、刑務官に殴りかかるなど非協力的であり、そのため公判の過程においても事件の詳細が明確にされていない部分があったほどです。

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