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秋葉原通り魔事件



2008年6月8日の日曜日、加藤智大が白昼の秋葉原の雑踏に2トントラックで突っ込み、さらにダガーナイフを使って7人もの命を奪った事件

-秋葉原通り魔事件・事件発生まで

加藤智大の経歴
1982年9月、青森県五所川原市で出生
2001年2月、青森県立青森高等学校卒業
2003年3月、中日本自動車短期大学自動車工学科卒業

2003年7月、宮城県仙台市の警備会社に就職
2005年2月、職場の人間関係の不満に対する抗議の表明として無断欠勤し警備会社を退職
2005年4月、埼玉県上尾市の自動車メーカーの工場に派遣
2006年4月、職場の人間関係の不満に対する抗議の表明として無断欠勤し派遣会社を退職
2006年5月、茨城県つくば市の住宅部品メーカーの工場に派遣
2006年8月、職場の人間関係の不満に対する抗議の表明として無断欠勤し派遣会社を退職
2007年1月、青森の運送会社に大型輸送車の運転士として就職
2007年9月、休暇を会社に対して申請するが、会社から却下されたことに対する抗議の表明として無断欠勤し運送会社を退職
2007年11月、日研総業と契約し、関東自動車工業の静岡県裾野市に所在する工場に派遣
2008年5月、派遣会社が6月末での派遣契約の解約を通知
2008年5月~6月、掲示板を成りすましで荒らされ、掲示板に通り魔事件を起こすと投稿
2008年6月、更衣室で自分の作業服が見つからないことを理由に無断欠勤し、そのまま職場放棄

〈仕事を失ったのは、「ツナギ事件」が原因でした。一言でいえば、いつものパターンです。5日の朝、工場に出勤すると、ロッカーに私のツナギがありませんでした。共用のロッカーで、20着くらいの同じ色、形のツナギが掛かっていますが、それまで半年以上、普通に毎日見つけていたのですから、この日に限って見落とすことなどあり得ません。(中略)ツナギを隠されるという嫌がらせが私に入力された時にはもう無断帰宅が頭に出力されていて、そのまま怒りにまかせて、すぐに行動になりました。(中略)工場を出て駅に向かって歩いている間、「またやってしまった」と、泣きたい気分でした〉

-加藤智大・自叙伝「解」より

加藤智大は心のよりどころとしていた携帯サイトの電子掲示板で千回を超える書き込みをおこなっていた。そこでは「不細工スレの主」という独自キャラを確立していたが、成りすましによる偽物が現れたために次第に孤立感を深めていった。加藤は、掲示板との関係について「依存と一言で片づけてるものではなく、全ての空白を掲示板で埋めてしまうような使い方をしていた」という。

加藤は「掲示板の成りすましによる偽物に間接的に攻撃するために大事件を起こす」ことを決意し、「近年大きく報道されていた大事件として記憶していたのが無差別殺傷事件」として、次第に殺人を予告する書き込みを行うようになっていった。加藤は「大事件は大都市、大都市は東京、東京でよく知っているのは秋葉原」として襲撃場所は秋葉原に決まり、「日曜日なのは秋葉原の歩行者天国が思い浮かんだから」として日曜日に秋葉原の歩行者天国に襲撃することが決まっていく。

-2008年6月8日(日曜日)事件当日

▼2008年6月8日午前5時21分
「車でつっこんで、車が使えなくなったらナイフを使います みんなさようなら」

加藤智大はトラックを自ら運転し、東名高速道路を経由して上京し、ネットの掲示板荒らしに対する抗議の表明手段として、通り魔殺人を行った

トラックで人を跳ね飛ばすのは2005年(平成17年)4月に発生した仙台アーケード街トラック暴走事件(加藤は仙台市の事件現場の近くに住んでいたことがある)を参考にし、ナイフで人を襲うのは2008年(平成20年)3月に発生した土浦連続殺傷事件を参考にしたと供述している。

その後、沼津市から犯行現場まで移動する間に約30回のメッセージを書き込んでいた。同日12時10分に犯行現場で最後の投稿をし、その20分後の12時30分に事件が発生した。

5時21分、犯行予告スレ「秋葉原で人を殺します」を立てる
7時12分、JR御殿場線裾野駅から、予定より一本早い電車に乗り、沼津駅に向かう
8時、静岡県・沼津駅前でレンタカーを借りる。裾野インターチェンジから東名高速を走った。
9時48分、横浜青葉インターチェンジで東名高速を降り、国道246号で秋葉原まで向かう。
11時7分、渋谷を通過
11時45分、秋葉原に到着。歩行者天国はまだ始まっていない(正午から)。

現場から北に約100メートル離れた中央通りにトラックを駐車し、大型量販店でトイレを借りるなどして、歩行者天国が始まるまで時間を潰す。 この間に、携帯電話のアドレス帳やメールの送受信記録などのデータを消去。

http://www11.atwiki.jp/akb_080608/pages/34.html

-午後0時30分事件発生

▼午後0時30分
日曜日の昼下がりの秋葉原は中央通で歩行者天国となっており、たくさんの人々が訪れていた

加藤智大は静岡のレンタカー店で借りたトラックを殺意をもって運転したが、歩行者天国の入り口となる交差点に差し掛かるたび逡巡して駅前を巡回した。〈頭では突っ込むつもりでいるのに、体の方が勝手にブレーキをかけた〉3回目も失敗した時には、トラックで人の中に突っ込むという考えに疑問を持ち始めたのだったが—。〈掲示板に秋葉原無差別殺傷事件を宣言してしまったことで、もう後戻りはできないところまで来てしまっていることに気づきました〉

2008年(平成20年)6月8日午後0時30分過ぎ、東京都千代田区外神田四丁目の神田明神通りと中央通りが交わる交差点で、当時25歳の元自動車工場派遣社員男性加藤智大(かとう ともひろ)の運転するいすゞ・エルフが赤信号を無視して突入、青信号を横断中の歩行者5人をはねとばした。

加藤智大はトラックで神田明神下交差点方面から神田3丁目交差点にジグザグ走行で突っ込んだ

目撃者:「トラックはそれほどスピードが出ていなかったが、ジグザグに走ってきて通行人をはね、そのたびに小さな爆発音のような音が響いた」

▼加藤智大
「ふたり並んでいる人が現れ、そのうち手前の人と目が合いました。その目は『なんで?』と訴えてくるようで、殺したはずの私の心が帰ってきました。しかし『やっぱり嫌だ』と思った時にはもう、ぶつかっていました」

-加藤智大・自叙伝「解」より

▼目撃者
「トラックはそれほどスピードが出ていなかったが、ジグザグに走ってきて通行人をはね、そのたびに小さな爆発音のような音が響いた」

トラックを運転していた加藤智大は車を降りた後、道路に倒れこむ被害者の救護にかけつけた通行人・警察官ら14人を、所持していた両刃のダガーで立て続けに殺傷した。

トラックから降り立った加藤智大の手には、一本のダガーナイフが握られていた

加藤容疑者は、はねられて路上に倒れ込んでいた男性に馬乗りになり、男性の体をサバイバルナイフで何度も刺した。男性はピクリともしなかった。周辺は血の海となった

▼目撃者
「あおむけに倒れたまま、上半身から血を流して両手を天に向かってあげて、『うー』とうめきながら助けを求めるようなしぐさをしていた中年男性もいた」

再び交差点に向かって走り出す加藤容疑者。交差点で制服警察官に話しかけるような様子で近づくと、平然とした様子でさっと脇腹を刺した。警察官は脇腹を押さえ路上に崩れ落ちた。目撃者「警察官には背後から抱きつくような感じで、映画か、ドラマの残酷なシーンをみたようだった」

東京都千代田区外神田四丁目日本, 東京都千代田区外神田4丁目

加藤容疑者は「ワー」と叫び声を上げながら、ナイフを持って走り出した

さらに、加藤は奇声を上げながら周囲の通行人を次々に刺して逃走。目撃者「飛行機のように手を広げて、蛇行しながら走って行った」

「にげろー!みんなにげろー!!」その掛け声をきっかけにその場にいた歩行者全員が一斉にその交差点から離れました

目撃者「右手に刃物を持ち、口を大きく開けて恐ろしい形相だった。『殺される』と思って何も考えられなくなり、駅へ向けて走って逃げた。何か叫んでいたようだが、よくわからない」「数百人が一斉に動いた。津波が来たかのように、急にみんなが走り出し、パニック状態になった」「全速力で転びながら走って店の中に逃げ込んだ。鳥肌がたった」「あっという間に加藤容疑者が警察官らを刺したのを見て、一瞬呆然とした。はっと気付いて『やばい』と思った。」

群集が急に、津波が来たかのように走り出した

加藤容疑者は駆けつけた警察官に追いかけられながらも、交差点の真ん中当たりで出合い頭に女性の腹を刺し、明治通り沿いを駅方面に走りながら、さらに別の男性を刺した。

加藤容疑者は興奮状態で、ナイフを頭上に掲げて威嚇

事件発生後まもなくして近くの万世橋警察署秋葉原交番から駆けつけた警察官が加藤を追跡し警棒で応戦、最後には拳銃の銃口を加藤に対して向け、ダガーを捨てるよう警告し、応じなければ拳銃を発砲することを通告した。

それに応じナイフを捨てた加藤を非番でたまたま居合わせた蔵前警察署の警察官とともに取り押さえ、旧サトームセン本店(現・クラブセガ秋葉原新館)脇の路地で現行犯逮捕にて身柄を拘束した。

最初の速報では死者2人だったのが度々速報が入るにつれて死者の数が増えていき、最終的に死者7人になる殺人事件となった

事件当日は日曜日で中央通りは歩行者天国となっている区域だった。この日も多くの買い物客や観光客でごった返しているなかの凶行であり、事件直後に多くの人々が逃げ惑い、また、負傷者が横たわる周囲が血の海になるなど事件現場はさながら戦場の様相を呈しており、まさに白昼の惨劇であった。

ートラックではねられる(5人、死亡3人・負傷2人)
74歳無職男性 左背中刺創・死亡
19歳男子学生 腹部打撲・死亡
19歳男子学生 全身打撲・死亡

ーナイフで刺される(12人、死亡4人・負傷8人)
21歳女子学生 失血・死亡
47歳無職男性 背部刺創・死亡
33歳調理人  男性背部刺創・死亡
31歳男性会社員 胸部貫通刺創・死亡

現在も現場には献花が絶えない。

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