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庄山仁くん失踪事件



昭和44年2月23日に行方不明。

午後2時過ぎ制服、制帽姿で自宅を出る。
そしてその日の午後6時半頃、仁君の制帽を持った見知らぬクリーニング店員Aさんが自宅に現れ家族に、「制帽の持ち主に現金を奪われた」という話をする。

翌日昼頃、父親宛に何者かに無理やり書かされたと思われる仁君の自筆の手紙が届き、内容は強盗事件を詫びる文章で、これを最後に連絡が途絶えてしまった事件。

それきり失踪となり、手紙、男の話共に不自然な点が多いが、その男はその後奈良県内に身を寄せ二児の父になっている。
未だに未解決事件のままである。

仁君の書いたと思われる手紙

前略

心配かけてすみません。
悪い友達にさそわれて、人のお金をとりました。
中には四十万以上も入っていましたが、僕は少ししかもらっていません。
学校の方は、僕の気持ちがおさまるまで、病欠にしていてください。
すぐに帰っておわびいたします。
どうかさがさないで下さい。

制帽を手にした男
仁君の制帽を手にしたクリーニング店員Aさんはそのまま生活している。
仁君のことは何も知らないのだろうか?

以下はその人がした話。

「午後3時半ごろ、場所は市内の道路。側溝に車輪を落としたバイクを、2人の少年がひきあげようとしていた。手伝おうと、ジャンパーを脱ぎ、道路わきに置いた。
少年の1人が、いきなりジャンパーを奪って逃げ、中学生も続いた。
ジャンパーの内ポケットには、46万が入っている。遅れた中学生を追いかけ、ズボンのポケットにはさみこんだ制帽を取ったが、2人とも取り逃がした。
制帽の名前をたよりにここへ訪ねてきた。」

というものである。

その他不審点
Aさんの金の出所が自宅の床下に埋めておいたというが、家族の誰も知らない点。
わずか4ヶ月前、2年間の少年刑務所を仮出所してクリーニング店員で働く彼がどのようにして手に入れたのかは未だに不明である。

バイクを引き上げる際に現金を奪った逃げたとされるが、目撃者が誰もいないのと、上着のポケットに現金があることを少年らは知るはずもない。Aが言った場所にバイクが落ちた形跡がまったくない。

また、仁君の実家である、庄山家は1年後に佐賀県藤津郡に引っ越した。
普通、息子が家出をしたのならば、引越しなどせずに待ったほうがいいのではなかろうか。
もちろん仁君はこのことは知らない。

この事件は大掛かりなウソがあると思われる。

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